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思ったことは実現する

私は全然知らなかったのですが、 知人と話していたら 「やりすぎ都市伝説」というのが面白いぞと聞いて、 You Tube で検索してみました。 確かに暇つぶしするには格好のネタで、 それからしばらくは、通勤の時に聞いて楽しませてもらいました。 もし知らない方がおられたら、聴いてみるといいです。 その番組のなかで、 「思ったことは現実になるって知ってますか?」 という質問がでてきて、 私は、その瞬間ちょっと背中がひやっとしました。 思ったことが現実になるって、 ちょっと怖いですよね。 人間、良いことばかり思っているわけではないので。 さて、 ここからは、もう少しマシな話。 クリスマスシーズンが近づくと、毎年ジョン・レノンの曲が流れます。 ほとんどの人は "So this is Christmas, and a Happy New Year!" のところを聴いておられると思いますが、 この歌はメッセージソングです。 "War is over, if you want it" この歌のミュージックビデオには、 とてもとても悲惨な世界の現実が、とても生々しく映されています。 こんなにひどい現実も、 ひとりひとりが望めば超えることができる。 人間の心のなかにある平和や愛を求める気持ちと、 裏腹に自己中心的な人間の心を、 このクリスマスの歌にのせて伝えているのですね。 このメッセージは、 奇しくも都市伝説のメッセージと重なります。 思ったことは実現する。 私は、このこの言葉をとても前向きに捉えています。 自分が強く思えば、それは実現する。 それは、 イチローや大谷翔平、本田圭佑、錦織 圭などが 小学生の時に書いた作文を良く見せられるのと同じです。 彼らは、まさに強く願ったことを実現させた人たちです。 私も、そう思って生きたいと願っています。 57歳になっても、 私にはまだ夢があります。 自分の人生で、成し遂げたいことがあります。 それを実現するために、 私は強く思い、良く考えなくてはいけないと思っています。 考えて、考えて、考える。 人よりも良く考える。 人よりも少しでも先まで考える。 実は、現代人は考えるということをあまりしてい...

小栗 旬もどき

今朝のニュースを見ていたら、 将棋の羽生さんが永世7冠を達成したという報道がありました。 名人とか王座とか、色々あるタイトルを何回か獲得すると 「永世〇〇」 と呼ばれるそうなのですが、 すべてのタイトルで永世の称号を獲得したというのです。 将棋には別に詳しくありませんが、 誰がみても凄い記録ですよね。 羽生善治さんと聞くと、私は少し親近感を覚えるのです。 というのは、 昔から何度か自分の顔が羽生さんに似ていると言われたことがあるから。 笑いますね。 誰でも、「〇〇さんに似てるって言われませんか?」 と言われたことの一度や二度はあるでしょう。 私の場合は、 羽生善治さん、坂東玉三郎さん、小栗 旬さんに似ていると言われたことがあります。 家族は、小栗 旬というと 一様にあきれた顔をします。 「良く言うよ」 とばかりに。 まぁ、でもこの3人に似ていると言われるのは、 悪い気はしません。 羽生さんも玉三郎さんも、一流中の一流ですからね。 小栗 旬は、半分冗談。 そんな風に、人の顔を見るのは楽しいです。 電車の向かいに座っている方を見ながら、 「ふ~む、この顔どこかで見たことある」 と思いを巡らせ、 「あ~、そうだ!」 と思い当たった時。 ちょっと楽しくなってニヤニヤしてしまいますよね。 知人でも良くあります。 「あ~これだ!」  と思いついた人が小栗 旬みたいな人なら、 「小栗 旬に似てるって言われませんか?」 と大きな声で言えるし、 言われた人も、 「いやいや、そんなはずないでしょ!」 と大きく手を振りながら、ちょっと嬉しそうな顔をしていたりして。 逆の場合は、ちょっと言い出せません。 心の内に秘めて、密かにニヤニヤするだけ。 イメージって面白いものです。 私は6月18日生まれで、ポール・マッカートニーと同じ誕生日なのです。 自分の実力とはまったく関係のないところで、自慢したりしてます。 「同じ左利きで、他人とは思えない」 などと言って失笑を買ってます。 私の義理の母は、ジャイアント馬場と同じ誕生日。 これはこれで、なんとなく可哀そうですが面白いですよね。 人は、このように自分との相似、他人との相似を見つけて楽しむところがあるのでしょう。 血液型も同じようなものです。 ...

生き生きと生きるということ

自分で書いたものを読み返したり、 じゃぁ次は何を書こうかなぁと思ったりするとき、 私は友人ネタが多いと気づかされます。 これは、自分が良い友人に恵まれているせいなのか、 単に感激屋さんで、人の影響を受けやすいだけなのか。 ともあれ、ぼんやりと頭を巡らせていると、 色々な友達の顔や、 彼らとの思い出が浮かびます。 若い頃には、友人はとにかく沢山欲しかった。 いくらいてもいいから、 沢山の友人が欲しいと思っていました。 歳をとると、変わります。 物理的にも会える友人の数は限られるし、 様々な人生経験のなかで、仲の良かった友人が別の方向に行ってしまうこともままあります。 友人は、本当に信じ合える友がひとりいれば十分だよ、 なんて子供に言ったりして。 でも、やはり友人っていいな。 有名人になるやつ、 金持ちになるやつ、 いい仕事してるなっていうやつ、 不遇に苦しんでいるやつ、 病気に苦しんでいるやつ、 人が変わったように付き合いの悪くなったやつ、 全然別世界に生きているやつ、 学生時代のように、いつも一緒にいられるわけではありませんから、 どんな経緯を経て、彼らに何が起こったのかなんてわかりません。 全員に目を配ることなんてできない。 でも、色々な友人がいれば、 励まされることがあります。 自分に活力を失いかけているとき、 頑張って前進している友人の姿は、大きな自分のエネルギーになります。 自分が大好きな友人が、頑張って、前に進んでいるぞ。 よし、俺だって負けないぞ、という爽やかな気持ちになります。 「生き生きと生きる」という言葉を私に教えてくれた、 私の大切な先輩が、 大きな人生のチャレンジに身を投じました。 私は大きな拍手を贈りたいのです。 人生は一度きり。 成功しようが失敗しようが、人間生まれて死ぬまで。 死ぬときには、ひとりで、何も持たずに死にます。 家族のこと、子供のこと、 それはもちろん思わないわけがありません。 でも、人間はひとりなのだと私は思います。 そして、自分が輝かずに人を輝かせることはできないと思います。 生き生きと生きるとは、 自分が自分らしく、誰よりも輝いて生きているという確信を持つこと。 何ひとつ人のせいにするものはなく、 自分の生き方...

ジャコメッティ

アルベルト・ジャコメッティ。 1901年10月10日(昔の体育の日)スイス生まれの彫刻家。 針金のように極端に引き延ばした細長いフォルムの人物彫刻が有名。 娘が個人教授で通っている英語の先生が、時々新国立美術館のチケットを下さるので、 有難く心の洗濯をしに行ってきました。 ジャコメッティの名前も、その独特な彫刻も、もちろん知っていましたが、 個展にでかけるのは初めてのことです。 まず、彫刻の展覧会に行くことが珍しいのです。 面白かったですね。 というか、とても魅力的でした。 ジャコメッティという人物の人生、生活すべてを含めて、 彼の芸術の魅力にすっかり魅了されました。 アトリエで絵を描く彼の写真、 粘土で彫刻の形を創造する彼の写真、 パリの街を歩く姿。 もじゃもじゃヘアーにツイードのジャケットを羽織ったいで立ちは、 何となくキース・リチャードを思わせる、 アウトロー感満載です。 ジャコメッティの作品の話にたどりつくのが大変。 説明文やコメント、写真や映像が素晴らしかったのです。 学芸員が優秀なのかな。 哲学者の矢内原伊作との親交のくだりは、 ジャコメッティの人柄や制作を知るのに、良い挿話でした。 矢内原はジャコメッティのモデルをよくつとめたそうです。 その際に、矢内原がちょっとでも動いてしまうと、 ジャコメッティはこの世の終わりかというようなうめき声を上げたそうです。 それほど真剣で、一瞬にすべてを注いでいたのでしょう。 キース・リチャードのような雰囲気は、 刃の上を歩いているような、あやうい美しさの顕現かもしれません。 ジャコメッティの作品は、とても特徴的な細長くて無機質な雰囲気を持っています。 でも、彼の作品群に囲まれていると、 表情のない彼の作品の人物たちは、決して人間の匂いを失っていません。 むしろ非常に人間的で、内面的です。 特に、眼窩が浮き彫りになったような眼の表情は、 精魂込めて描いた彼の精神が詰まっているような、 そんな迫力に満ちています。 本気な芸術、とでも言うのでしょうか。 細長さもジャコメッティの特徴なのですが、 それも、そぎ落とした末の細長さに見えます。 ですから、ガリガリの細身であっても、 身体は立体感を失っていません。 抽象的でも実体感に満ちて...

モンスター

私の長女は ARASHI の大ファンで、 部屋のベッド脇の壁には、大きな桜井君のポスターが貼ってあります。 彼女がモンスターと聞いたら、きっとARASHIの歌だと思うに違いありません。 ピンクレディーのモンスターもありましたね。 私はあまりピンクレディーのフリークではなかったので、それほど興味はなかったな。 なんて、なんだかしばらく前に書いた「Janis」のお話と似たような始まりになってしまいました。 そんな話をしたかったわけではないのです。 百田尚樹の「モンスター」という小説を読んだのです。 百田尚樹は、「永遠の0」という零戦乗りの話を読んでhすごく感動して以来、 なんとなく好きな作家のひとりです。 語りの口うまい小説家だなと思います。 「モンスター」は、そのような呼ばれ方をするくらい醜い顔に生まれついた女性が、 整形を繰り返して絶世の美女に生まれ変わる話です。 話としては、 面白いというよりは、少し読むのがつらいという気持ちにさせられる話でした。 そして最後まで救いのない話でした。 結局男は顔で女性を選ぶのか。 口では「心が大切だ」などと言いながら、 美しい女性が現れれば、大切なものを捨てても手に入れようとする。 男って、そんな性から逃れようがないのか。 それは、 自分の心を覗いたときに、決して否定することができない気持ちなのです。 顔で人の価値を評価するなんて、 そんなの理不尽でバカのすることだと、もちろんわかっていても、 いざ自分のことになったら、顔はやっぱり大事だよねと言い訳をする。 そんな自分の心の矛盾をつかれるから、つらいのですよね。 この課題には収束すべき解答がありません。 人間の罪みたいなものです。 醜く生まれた人も、 それを捉える人も、 どちらもが自分のなかで折り合いをつけるしかない。 でも、それにしても、 このお話に出てくるような、 本当に醜い顔の人を前にして、 自分は、心の折り合いをつけることができるのでしょうか。 たぶん、できないように思います。 だから罪なのです。 この小説の厳しいところは、 醜いものに対する残酷な心と、 美しいものに対する利己な心の両方を徹底的に炙りだしているところです。 あ~、つらいつらい。

marimekko

デザインと言えば北欧。 その北欧のデザインを引っ張るフィンランドのマリメッコ。 シンプルで大胆でカラフル。 60年代のサイケデリックムーブメントを思わせるデザインながら、 飽きのこない新鮮さ。 たまたまマリメッコの展覧会をやっていたので、 ゆっくりと時間をかけて見てきました。 創業者アルミ・ラティアが選んだロゴは、 オリベッティ タイプライターのフォント。 シンプルで無駄がなく、美しい。 ロゴがぴったりはまると、その力は絶大だなと、 ふむふむと得心した次第。 有名なデザイナー達は、 それぞれの世界を自由に美しく、 そしてマリメッコらしく描きました。 有名なマイヤ・イソラのウニッコ(けしの花)、 ヴォッコ・ヌルメスニエミのヨカポイカ(すべての少年)、 アンニカ・リマラのタラサイタ(均一な横縞)… 身体を締め付けず、 ユニセックス的な淡泊さのなかに、 とても美しい色使いが凝らされている。 もう今から50年も前のデザインが、 まったく新鮮さを失っていないデザインの力。 こんな世界があるなら、 デザインの勉強をしてみたいな、 と、思わされます。 自分にはデザインの知識はありません。 残念ながら、これから学ぶには年をとり過ぎた。 でも、 良いもの、美しいものには、 いつも触れていたいと思います。 何故なら、 良いもの、美しいものに触れていると、 心のなかに、潤いが満ちてくるのが、 ありありと感じられるからなのです。 これは歓びです。

Janis

ジャニスと聞くと、 60年代に青春を過ごした人ならジャニス・ジョプリンを思うでしょう。 70年代に青春を過ごした人ならジャニス・イアンを思うかもしれません。 特にジャニス・ジョプリンは、独特の強烈な色彩をもった印象を残して逝ったアーティストでしたから、 ジャニスと聞くと、なんだか少し心が震えるのを覚えます。 同世代の方なら共感して頂けるのではないかな。 でも、 これは違うジャニスのお話です。 私はスキーが大好きで、 高校時代には、友人のコネを使って某大学の寮に泊まり込んで、 ひたすら滑りまくっていました。 石打にあるマイナーなスキー場。 店と言うほどの店もないスキー場へ続く通り。 そこにロッキーという喫茶店がありました。 スキーで冷え切った身体を暖めてくれる石油ストーブ。 手袋や帽子をひっかけて乾かし、 コーヒーを飲んで過ごすひと時は、 何ともリラックスした至福の時なのです。 カウンターの中に、軽めのアフロが似合う とても素敵な女性がいました。 私たちよりは年上の大人の女性。 余計なおしゃべりはせず、 静かにコーヒーを入れてくれました。 私たちは、みんな彼女のファンになり、 その日から、 毎日ロッキーに通うのが、 スキーを滑るのと同じくらい楽しみになったのです。 そして、 彼女のことをいつからかジャニスと呼ぶようになりました。 彼女には、ひげを蓄えた素敵なご主人がいたのですが、 そんなことは関係ありません。 ジャニスはみんなのアイドルでしたから、 誰も抜け駆けすることもなく、 いい子にして、 その静かに満たされた時間を共有していたのですね。 年上の女性に憧れるってこういうことか、と知りました。 それから何年も経って、 みんな大学生になって暫くした頃、 ひとりの友人がロッキーに手紙を出したのだそうです。 まめな奴だなと思います。 そうしたら、何と返事が届き、 あの頃のみんなにお会いしたいというではありませんか。 変わるもの、変わらないものに思いをはせ、 少しドキドキしながら待ち合わせの新宿の喫茶店に行きました。 ジャニスは、アフロをやめてショートヘアになっていました。 ご主人は相変わらず髭をたくわえたウッドストック世代の雰囲気。 何という話題もないけれど、 ...

キャンディーズ

今さらキャンディーズかよ、と言われます。 中学から高校にかけて、 思春期のまっただなかにいた頃のアイドルですから、 自分にとっては、少し特別なのでしょうか。 ただ、別に追いかけていたわけでもなく、 テレビに映っていれば見るだけ。 コンサートに行くこともないし、解散でショックを受けたわけでもありません。 その頃の私は洋楽に夢中で、 プログレッシブロックの英語歌詞を一生懸命覚えていました。 ですから、むしろ「キャンディーズが好き…」なんて、とても恥ずかしくて口にできないセリフでした。 確かに「年下の男の子」は、 なんだか5歳年上のランちゃんが自分に向かって歌ってくれているような気がして、 ちょっと甘酸っぱい気持ちになりました。 でも、その程度のことです。 そんな私が改めてキャンディーズに向き合ったのは、 乳癌で亡くなったスーちゃんの葬儀の様子をテレビで見た時でした。 青山斎場に詰めかけた大勢の中年ファンの前を スーちゃんを乗せた車が通りすぎる時、 キャンディーズのデビュー曲である 「あなたに夢中」 がスピーカーから流れました。 森田公一らしいビートのベースラインがイントロを奏で、 ニコニコ笑っている彼女たちの顔が見えるような歌声が続きます。 しめっぽくなるはずの葬儀を、 からっと明るく歌い上げるこの演出に、 私はとても晴れやかな気持ちになりました。 年下の私にとって、 キャンディーズは、ミニスカートを履いて、ちょっと色っぽいお姉さんでしたが、 彼女たちは、いつも何だか明るい雰囲気をまとっていました。 爽やかというよりは、 からっと晴れた空のような明るさです。 彼女たちは、いつも明るかった。 解散した時も、 「微笑みがえし」 という歌で去ってゆきました。 「おかしくって涙が出そう」 と、 笑顔を貫きました。 もちろん演出なのでしょう。 でも、キャンディーズの演出は素晴らしかった。 この明るさがあったから、 40年経った今でも、 彼女たちのことを思い出すと、 何となく自分の顔がほころぶのを覚えるのです。 NHKの歌番組なんかを見ていると、 「歌の力」 なんていう言葉で、それぞれの心に残る歌を描いています。 恐らく、 それぞれの人が、心のなかに歌をつむいでいるのでしょう。 自分が...

ある友人の話

友人について書こうと思います。 私の高校時代の友人です。 私の卒業した高校は国立進学校でした。 私は小学校から入学した「ラッキー組」で、受験もせずに高校までのらりくらりと過ごすことができたのですが、 中学や高校から入ってくる同級生たちは、みんな有名進学塾のトップスターばかりでした。 そんな中にあって、中学から入ってきた彼は異色でした。 身体は小柄で頭でっかち、生まれつきの茶髪を校則ギリギリまで長くのばして、 ちょっとアヴァンギャルドなイメージ。 クラスは違ったのですが、何となく目立ってました。 と言っても、決して目立ちたがりではなく、押しつけがましいわけではないので、 必要以上に露出度が高いわけではありません。 彼の才能に最初に触れたのは、 学校の何かの行事のときに、彼が舞台のうえでギターの弾き語りをした時でした。 今も目に焼き付いています。 井上陽水の「愛は君」と「人生が二度あれば」。 友人が大勢の前でひとり弾き語りをする姿に感動し、 また彼の艶があって伸びのある声、そしてギターと一体となった音楽の世界に心を揺すぶられました。 そんな彼と高校で同じクラスになり、 一緒にバンド活動をし、美術部を作り、 接点が多くなるにつれて、彼について新しく発見することも増えてきました。 彼は素晴らしい絵画の才能に溢れていました。 何のことはないカリグラフィーからイラストレーションまで、 彼がペンを動かすと、彼にしか描けない独特な世界が広がる。 こういうのを「才能」と言うのだろうと、 絶対追いつけない何かを感じました。 これだけ豊かな才能を持っていても、 彼はどちらかというとチビで ハンサムボーイというわけでもないし、 運動が抜群にできる秀才というタイプでもありません。 スターに祭り上げられることもなく、 むしろ「おふざけ者」のような顔をしていました。 とても繊細で優しい内面を持っているのに、 それをバンカラな仮面で覆って、おふざけ者を演じていた。 そんな彼にお酒のラベルを描いて貰いたいと思って、 久し振りに会って話をしたら、 何と、武蔵野美術大学の通信教育で本格的に絵画を学びながら、 ピアノレッスンまでやっているとのこと。 やっぱりこいつは好きなんだなぁと、 何となく嬉しくなりました。 ...

川名

ゴルフ場ではありません。 あれは川奈。 もちろんテレビでしか見たことはありませんが。 川名は地元の居酒屋。 阿佐ヶ谷北では、それなりに名の知れた老舗の居酒屋です。 前から名前は知っていたし、 前もよく通りがかっていたのですが、 何となく入るきっかけがなくて、 というかそれ以前にひっかかる店が沢山ありすぎて、 今まで入ったことがなかったのです。 たまたま、行こうと思っていた店が3軒たて続けに満席で、 それなら行ってみようと思って行ったわけであります。 まぁ、地元では有名でも、 大人の隠れ家みたいな雑誌に取り上げられるような店でもありません。 ふつうの居酒屋です。 でも、 大満足。 いやぁ、飽きずに通える店って、 こういう店なんだろうなと、しみじみ思ったのです。 別にサービスがとりたてて良いわけではありませんし、 びっくりすようなメニューがあるわけでも、 すごい親父の料理のパフォーマンスがあるわけでも、 ほっぺたが落ちそうなすごい料理があるわけでもありません。 心地よさ。 客に気を遣わせず、 楽に一杯の酒をゆっくりと楽しませてくれる雰囲気。 料理は手作りで、真摯に作っている親父の心が伝わってきます。 常連さんらしい60過ぎの男性が入ってきて、 私の横に座りながらビールを注文し、 「煮込みと、豚の串を3本」とオーダー。 どかっと座っておもむろにカバンから本を取り出して読み始めました。 何を読んでいるのかと、ちらっと横目で覗うと、 なんと洋書でありました。 表紙に Murakami とあったので、 これは私の大好きな村上春樹の本だ!と、勝手に盛り上がり、 題名を覗うと、 「The Wind-Up Bird Chronicle」と読める。 これは大好きな 「ねじまき鳥のクロニクル」ではありませんか。 あぁ、阿佐ヶ谷は深い。 この気楽な飲み屋で、 ビールを飲みながら、 実に気楽に村上春樹の洋書を読む初老の男性。 こぎれいではありませんが、 なんとも品格のある景色ではありませんか。 こんな情景にたまに出くわすと、 なんだかものすごく得をした気持ちになるものです。 日本もまだまだ棄てたもんじゃないぞと。

生みの苦しみ

少々尾籠な話になりますがご勘弁を。 トイレの話です。 パンツを買いに行って気づいたこと。 最近の男性パンツには前の出入口がないものが多いのです。 女性用っぽいセクシーパンツであれば、 前の出入口がなくても横からちょろっと顔を出して用を足すことができるのですが、 ブリーフタイプのパンツになると、ちょっとやりにくい。 なんでこんなことになっているのだろうと、不思議に思っていました。 確かに、最近男子小用のトイレに行くと、 若者がズボンをしっかりと降ろして用を足している姿がみられ、 なんでそこまで脱がなくちゃいけないのかなぁと思っていました。 なるほど、前の出入口がないパンツでは、 ちゃんと降ろさなくては用が足しにくいでしょう。 いやいや、不便な世の中になったものです。 前の出入口がないパンツが増えた理由はもうひとつありそうです。 長らく独身を貫いていた大学の先輩が最近ご結婚されたのですが、 そのお祝いパーティーを内輪でやった時のこと。 先輩が結婚に際して奥様から、 「トイレは座ってして下さい」 と言われたそうです。 その時は、「えーっ!男が座ってするの?」 と笑いとばしていたのですが、 どうやら非常識は私の方だったようで、 世の中にはすでに座って用を足す男性がかなり多くなっているようですね。 確かに座って用を足せば、 男性に特有の無用な飛び散りが減り、 トイレ内の清潔度は格段に上がるでしょう。 男性が3名いる我が家など、清掃の必要が大分減るはずです。 まぁ、そんなこともあって、 今年の我が家の方針のなかに、 「男性もトイレは座ってすること」 の一か条を加えました。 女性陣は大喜びです。 さて、決めたはいいのですが、 いざ用を足すとなると、 56年も続けた習慣を変えるというのは、意外にストレスになります。 小用を足すのにパンツまで脱ぐのに何となく抵抗がありますし、 いざパンツを脱いで座ると、 どうも大便をする気分になってしまうのです。 ちがうぞ、ここは小用を足す場面だぞと自分に言い聞かせながら、 ちょっと肛門を絞めて小用を足す面倒くささ。 つまらない話ですし、 まぁ、そのうち慣れることでしょう。 言い出しっぺとして、途中ギブアップするわけにもいきません。 もう少し生みの苦しみ...

世界の曲がり角

しばらく前から、民主主義だとか資本主義だとか、 私たちが生まれた時から当たり前のようにそこにあった価値観というものに 疑問や限界のようなものを覚えるようになりました。 物質的な豊かさにはもうおなかが一杯の若者たちの価値観。 異常気象や地球温暖化と不確実な未来。 いったい、どこへ向かって人間は生きていけばいいのだろうか。 しあわせとは何だろう、 豊かさとは何だろう。 あらためて、そんなことを漠然と考えることが増えたような気がします。 アメリカでドナルド・トランプ氏が大統領に指名された時、 多くの日本人が驚き、違和感を覚えたと思います。 もちろん私もそのひとりです。 丁度一年ほど前、アメリカの友人と大統領選挙の話をした時、 彼は実に楽観的な顔つきで、 「悪いジョークさ。」と笑い飛ばしていました。 彼にとっては、まるで悪夢に思える選挙結果なのだったろうと思いますし、 他の多くの人々にとっても悪夢だったのでしょう。 イギリスがEUを脱退する国民投票結果を出した時も、 信じられない顔をしたイギリス人が沢山いました。 まったく同じような結果がアメリカでも出るなどとは、思いもよりませんでしたが、 一方で、ちょっとザワザワとした悪い予感が頭をよぎったのも事実です。 人間は利己主義的な動物で、社会は弱肉強食のルールでできている。 人間は理性で自己を覆い隠しているが、心のなかはいつも不満で一杯である。 そんな人間の本性が、見える気がします。 アメリカは、戦後の日本にとって、良識ある親分という存在でした。 特に社会が豊かさを増して余裕がうまれるとともに、 アメリカはどんどん良識ある世界の親分という存在になってゆきました。 オバマ大統領などは、その典型です。 この人にまかせておけば、大局として変な未来を導くことはなさそうという、 なにか安心感がありました。 でも、それがアメリカ人の心の中ではなかったのですね。 アメリカ人は、自らが信じる「理想的な人間」を演じてきた。 自己催眠のように。 日本に来るアメリカ人、世界のニュースに出てくるようなアメリカ人は、 アメリカ人の一般を代表するアメリカ人ではなかったのだということです。 マジョリティーのアメリカ人は、 世界のなかで良識ある親分でありたいなんて思っていなかった...

生活の知恵

大リーグのイチロー、ゴルフの石川 遼、サッカーの本田圭佑、テニスの錦織 圭。 彼らはみな、子供の時に大きく、明確な目標・夢を持っていたと言われています。 それは、笑ってしまうほど彼らの現状そのままの目標になっていて驚かされます。 つくづく、 スタンフォードのケート・マクゴニガル先生の言うところの Will Power って凄いんだなぁと。 世の中には、様々な成功哲学書やセミナーがあって、 私も若い頃に興味を持って読んだりしました。 その多くが、「強い願いを持つことで、願いは実現する」というようなことを言っています。 考えてみれば、 これは別に魔法でもなんでもなく、 強い願いを持つことで、それに向かって集中できて、 実現するまで諦めない、という生活習慣ができるということですから、 当たり前といえば当たり前のことなのかもしれません。 少なくとも、 自分に何か夢なり希望があるとして、 それを叶えたいと願うのなら、 それに向かって、実現するまで諦めないという生活習慣は、 是非取り入れるべきだと思います。 その生活習慣の規範となるのが、 目標というものだと思います。 というわけで、 我家では、毎年元日に家族全員がひとりずつその年の目標を発表することにしています。 まず、前年の目標の進捗を報告し、 それから新年の目標を発表するのです。 各自の目標は、まとめて一覧表にし、 リビングの壁に貼っておきます。 もう10年近く続けているその習慣ですが、 興味深いのは、 続けることで、各自の目標が徐々に具体的なものになってきたことです。 最初のうちは、 「勉強頑張る」「スポーツをしっかりやる」とかいった 漠然とした目標をたてているのですが、 徐々に 「科目の半分以上Aを取る」とか 「自己ベストタイムを上回る」とか 「本を年間30冊読む」とか、 具体的な数字が目標になってきます。 そして 目標が具体的になればなるほど、 それを追いかける態度が生まれてきます。 そしてその達成率も高くなってくるのです。 生活の知恵とは、 そういうものなのだなと、この歳になって少しずつわかってきました。

初日の出

我が家は東向きに建っているので、 その気になれば、毎朝日の出を見ることができます。 もちろん、 その気になってもお天道様の機嫌次第ということもありますが。 東向きに建っていることと、 東側の隣家が三菱のディーラーであることも 見晴らしの良い理由です。 このロケーションが気に入って家を買ったといっても あながち嘘ではないのです。 昨年、三菱自動車が色々と問題を起こし、 自力再建は難しいかと言われた時、 真っ先に心配したのは、 隣家をどこかのマンション業者に売却してしまわないかということ。 まぁ、自分勝手な理屈ではありますが、 切実な問題であります。 日産のカルロス・ゴーンさんが三菱自動車の株式を取得と聞いて、 ほっと胸を撫でおろしたものでありました。 しかし、胸を撫でおろしたのもつかの間。 最初の悪い予感が的中して、 隣家は取り壊しとなりました。 この広い土地を、東京都が買って 公園にしてくれれば最高なんだが…などという勝手な願いは 当然のごとく裏切られ、 どうやら最悪のシナリオが現実になりそうなのです。 少し背の高いマンションが隣地に建ってしまったら、 我が家の最大の価値である(と言っても過言でない)見晴らしが失われてしまいます。 ひょっとしたら、今年の初日の出が最後の初日の出になるのかもしれないと、 人にはわからぬだろう悲壮感を抱きつつ、 我が家の総員6名は、 悲壮な思いを胸に今年の初日の出を見たのでした。 神様はそんな私たち家族の小さな思いに、 晴天という形で答えてくれました。 かつて富士山の山頂で見た日の出も それは美しいものでしたが、 杉並区の2階から更地の向こうに見た日の出も、 私たち家族の胸には きっと長く記憶されることでしょう。