世界の曲がり角
しばらく前から、民主主義だとか資本主義だとか、
私たちが生まれた時から当たり前のようにそこにあった価値観というものに
疑問や限界のようなものを覚えるようになりました。
物質的な豊かさにはもうおなかが一杯の若者たちの価値観。
異常気象や地球温暖化と不確実な未来。
いったい、どこへ向かって人間は生きていけばいいのだろうか。
しあわせとは何だろう、
豊かさとは何だろう。
あらためて、そんなことを漠然と考えることが増えたような気がします。
アメリカでドナルド・トランプ氏が大統領に指名された時、
多くの日本人が驚き、違和感を覚えたと思います。
もちろん私もそのひとりです。
丁度一年ほど前、アメリカの友人と大統領選挙の話をした時、
彼は実に楽観的な顔つきで、
「悪いジョークさ。」と笑い飛ばしていました。
彼にとっては、まるで悪夢に思える選挙結果なのだったろうと思いますし、
他の多くの人々にとっても悪夢だったのでしょう。
イギリスがEUを脱退する国民投票結果を出した時も、
信じられない顔をしたイギリス人が沢山いました。
まったく同じような結果がアメリカでも出るなどとは、思いもよりませんでしたが、
一方で、ちょっとザワザワとした悪い予感が頭をよぎったのも事実です。
人間は利己主義的な動物で、社会は弱肉強食のルールでできている。
人間は理性で自己を覆い隠しているが、心のなかはいつも不満で一杯である。
そんな人間の本性が、見える気がします。
アメリカは、戦後の日本にとって、良識ある親分という存在でした。
特に社会が豊かさを増して余裕がうまれるとともに、
アメリカはどんどん良識ある世界の親分という存在になってゆきました。
オバマ大統領などは、その典型です。
この人にまかせておけば、大局として変な未来を導くことはなさそうという、
なにか安心感がありました。
でも、それがアメリカ人の心の中ではなかったのですね。
アメリカ人は、自らが信じる「理想的な人間」を演じてきた。
自己催眠のように。
日本に来るアメリカ人、世界のニュースに出てくるようなアメリカ人は、
アメリカ人の一般を代表するアメリカ人ではなかったのだということです。
マジョリティーのアメリカ人は、
世界のなかで良識ある親分でありたいなんて思っていなかった。
自分が豊かで、少しでも贅沢な暮らしができれば良かった。
これは当たり前のことかもしれません。
紛争を繰り返す世界のあらゆる国々を支配しているのは、
利己主義と弱肉強食というルールです。
その人間の本質を、アメリカの理想は覆いつくすことが出来なくなってしまった。
「衣食足りて礼節を知る」のとおり、
衣食が足りなくなれば、人のことなどかまっている余裕はないのです。
長くアメリカの傘の下でいい子にしてきた日本です。
アメリカを味方につけておけば、大抵の国際問題は大きな問題になりませんでした。
このようなぬるい国際環境下で、日本の外交が脆弱になるのは、仕方がありません。
アメリカが、本来当たり前であるところの、利害を共有しない国として対峙した時、
日本は、ようやく独立国として試される時なのではないでしょうか。
かつて、小村寿太郎というような外交官が活躍したように、
国益と国際関係、そして未来を真剣に考え、
たくましく、したたかに生きる術を身に付けなくてはなりません。
きっと大変なことになるでしょう。
でも、日本が通らなくてはならぬ道なのだと思うのです。
私たちが生まれた時から当たり前のようにそこにあった価値観というものに
疑問や限界のようなものを覚えるようになりました。
物質的な豊かさにはもうおなかが一杯の若者たちの価値観。
異常気象や地球温暖化と不確実な未来。
いったい、どこへ向かって人間は生きていけばいいのだろうか。
しあわせとは何だろう、
豊かさとは何だろう。
あらためて、そんなことを漠然と考えることが増えたような気がします。
アメリカでドナルド・トランプ氏が大統領に指名された時、
多くの日本人が驚き、違和感を覚えたと思います。
もちろん私もそのひとりです。
丁度一年ほど前、アメリカの友人と大統領選挙の話をした時、
彼は実に楽観的な顔つきで、
「悪いジョークさ。」と笑い飛ばしていました。
彼にとっては、まるで悪夢に思える選挙結果なのだったろうと思いますし、
他の多くの人々にとっても悪夢だったのでしょう。
イギリスがEUを脱退する国民投票結果を出した時も、
信じられない顔をしたイギリス人が沢山いました。
まったく同じような結果がアメリカでも出るなどとは、思いもよりませんでしたが、
一方で、ちょっとザワザワとした悪い予感が頭をよぎったのも事実です。
人間は利己主義的な動物で、社会は弱肉強食のルールでできている。
人間は理性で自己を覆い隠しているが、心のなかはいつも不満で一杯である。
そんな人間の本性が、見える気がします。
アメリカは、戦後の日本にとって、良識ある親分という存在でした。
特に社会が豊かさを増して余裕がうまれるとともに、
アメリカはどんどん良識ある世界の親分という存在になってゆきました。
オバマ大統領などは、その典型です。
この人にまかせておけば、大局として変な未来を導くことはなさそうという、
なにか安心感がありました。
でも、それがアメリカ人の心の中ではなかったのですね。
アメリカ人は、自らが信じる「理想的な人間」を演じてきた。
自己催眠のように。
日本に来るアメリカ人、世界のニュースに出てくるようなアメリカ人は、
アメリカ人の一般を代表するアメリカ人ではなかったのだということです。
マジョリティーのアメリカ人は、
世界のなかで良識ある親分でありたいなんて思っていなかった。
自分が豊かで、少しでも贅沢な暮らしができれば良かった。
これは当たり前のことかもしれません。
紛争を繰り返す世界のあらゆる国々を支配しているのは、
利己主義と弱肉強食というルールです。
その人間の本質を、アメリカの理想は覆いつくすことが出来なくなってしまった。
「衣食足りて礼節を知る」のとおり、
衣食が足りなくなれば、人のことなどかまっている余裕はないのです。
長くアメリカの傘の下でいい子にしてきた日本です。
アメリカを味方につけておけば、大抵の国際問題は大きな問題になりませんでした。
このようなぬるい国際環境下で、日本の外交が脆弱になるのは、仕方がありません。
アメリカが、本来当たり前であるところの、利害を共有しない国として対峙した時、
日本は、ようやく独立国として試される時なのではないでしょうか。
かつて、小村寿太郎というような外交官が活躍したように、
国益と国際関係、そして未来を真剣に考え、
たくましく、したたかに生きる術を身に付けなくてはなりません。
きっと大変なことになるでしょう。
でも、日本が通らなくてはならぬ道なのだと思うのです。
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