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ハゲは心臓病になりやすい?

頭が薄いと言われ始めたのは、高校生までさかのぼります。 いずれは薄くなるのだろうなぁと、やや自虐的に思いながらも、 それ以上のものでもなかった。 「これはやばいかも」 と思い始めたのは、 40歳過ぎてからでしょうか。 50歳を過ぎて、さらに進行してきましたが、 その歳になってくると、 これ以上女性にもてたいという願望も薄れ、 すでに悟りの境地に入ってきます。 ふと周りを見れば、 その道のライバルだった友人達のなかには、 もはや手の付けようなし、という進行度合の連中もおり、 比較優位を感じて心を慰めたり、 とは言いながらも少し情けない気持ちになったり、 このように 髪の薄い人間達は、 結構ナイーブな毎日を送っているわけであります。 「ハゲは心臓病になりやすい」 今朝の朝日新聞の記事です。 こんなナイーブな社会的弱者を、 さらに追い詰めるような記事であります。 曰く、 てっぺんから禿げている男性は、 髪のある男性に比べて、 心臓病のリスクが32%高く、 特に60歳以下でのリスクは44%高い。 つまり、若禿げは心臓病のリスクが高いということです。 但し、 額から禿げ上がるタイプよりも、 てっぺんから禿げるタイプの方がリスクが高いらしい。 昔、薄毛予防の薬が流行った時、 この薬はてっぺん禿げには利くけど、 前上がり禿げには利かないよと言われました。 額から攻め上がっているタイプの私としては、 少しがっかりしたものですが、 今回は形勢逆転。 神様は禿げにも平等なのですね。 話は直接関係ありませんが、 最近、薄毛の友人達のなかで、 坊主頭にするのが、やや流行っているように思います。 特に外国帰りの連中は、その傾向があります。 欧米には薄毛の坊主頭が多いのでしょうかね。 確かにジダンも、若禿げの坊主頭。 でも、やっぱり私はベッカムの方が格好いいと思います。

「偉くなりたい」高校生9%

朝日新聞の記事です。 (財)日本青少年研究所が公表した調査結果とのこと。 日本・アメリカ・中国・韓国の高校生約6600人にアンケートしたところ、 「偉くなりたいと思うか?」という質問に 「強く思う」と答えたのは、 アメリカ30%、中国37%、韓国19%、日本9%。 「まぁそう思う」を含めても、 日本では46%にとどまり、 否定的な回答が54%にのぼったとのこと。 ちなみに、他国の否定的な回答は、 アメリカ17%、中国9%、韓国27%ということですから、 日本の高校生の上昇志向の低さは、 まさに際立っていると言えます。 なんで「偉くなりたい」と思わないのでしょうか。 偉くなると、 「責任が重くなる」という回答が70%ということですから、 面倒くさいというニュアンスが感じられます。 上昇することで、 「世界が広くなる」 「自分の能力を精一杯発揮できる」 「豊かになる」 というような、 前向きのイメージを持っている人が少ないのです。 寂しいことですよね。 勉強すること、 いい大学に行くこと、 いい会社に就職すること、 目先の目標にばかり目が行くことで、 その先の本当の目標が見えなくなっているのでしょうか。 「だから何?」 という、 少し投げやりな将来感。 それよりも、目先の人間関係や 今の自分に目が行っているように感じます。 まさに高度成長を終えた日本が、 次の時代に繋げてゆくための、 過渡期なのだと思います。 日本の国が、 次に進む方向性を、 国民が共有できる。 そんな責任を大人は背負っているのだと、 そう思います。 だから私たちは、 まだまだ走り続けて、輝いていなくてはなりません。

ネガティブ : ナッシング

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2月末だったと思う。 朝日新聞に目についたニュースがありました。 すげがさのスイス人 「日本安全」 徒歩の旅 日本を大好きなスイス人が、 大地震と原発事故の後、 落ち込んだ海外からの旅行需要を取り戻そうと、 北海道の宗谷岬から 鹿児島の佐多岬まで、 2,900㎞を徒歩で歩いた。 その彼の道行きをドキュメンタリー映画にしたという記事でした。 何だか、「日本頑張れ」のボランティア活動とも違う、 でも、なんで歩かなくちゃいけないの? いまひとつピンとこない発想でした。正直なところ。 そこで、 ドイツ文化センターの上映会を見に行きました。 negative:nothing って何だろう? これは、 彼が旅の毎日を綴ったブログに、 良かったこと(positive)、悪かったこと(negative)をリストアップしたというところに味噌があります。 良かったことは、毎日色々あるけど、 悪かったことは、今日も何もなかった。 出会う人はみんな親切だった、 みんな人なつっこくて、 楽しい人たちだった。 それを、一言で表した表現です。 この一言がキーになったことで、 彼のチャレンジは、全然別の意味を持って 日本人の心に訴えてきます。 私たちが、まったく見過ごしていた日本、 まったく気付かなかった日本の美しさ、 日本人の心の豊かさ。 人なつっこさ。 それに気付くのと同時に、 自分も彼の旅を心から応援する気持ちになりました。 多分、この映画を見たほとんどの日本人が、 同じ気持ちを共有したことだと思います。 行為が、あまりにシンプルであること。 そして、彼の人物像が、 あまりに純粋で素朴であること。 そのことが、 この映画に何とも言えぬ風を吹かせています。 風は涼しげで、気持ち良い。 良い映画でした。

古書店とカフェ

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現代若者の嗜好を象徴する言葉なのかな。 僕にはそんな響きがある言葉です。 やみくもに経済的な成長に突き進んでいた時代へのアンチテーゼ? いや、そんな反抗的な態度ではなく、 もっと静かに、 「まぁ、落ち着いてゆっくりしようよ。」という声が 聞こえてくるようです。 古書店とカフェ。 ふたつから連想されるのは、 個人店 伝統文化 木目の質感 スロー 知性・感性 質素 馴染み なかに見え隠れする嗜好は、 都会的で知的なものと、 自分の世界を共有したいという、 仲間を欲する願望。 少し寂しがり屋のキャラが見えます。 僕はそれほどこの世界に強いわけではありませんが、 三浦しをんの「月魚」という本を読んで、 強い印象を受けました。 「月魚」は古書店の話。 とても繊細な男の子たちの話です。 「ビブリア古書堂」の剛力彩芽さんも、 静かで清楚で知的。 古い古書店を預かる若者の姿が、 何だか素敵に見えるのですね。 昔だったらあり得ない感覚です。 古書店なんてヒマで儲からない。 Bookoff ができたらおしまい、と 誰もが思っていたし、 店番をしているのは、 決まって難しそうなお年寄りでした。 今は違う。 阿佐ヶ谷の近辺にも、 いつの間にか若者が店番する古書店ができています。 西荻に行ったら、もっと沢山あります。 古書店にしてもカフェにしても、 経済性を云々したら、 それほど儲かる商売ではないでしょう。 価値は「儲かる」ということではなくなってきたのですね。 さて、この流れを 次の世代にどのようにバトンタッチするのだろう。

一病息災とは言うけれど

妙に脇腹が痛む。 こんな痛みって、あまり感じたことないな、 なんて思いながら、 まぁいいか、と いつものように日を過ごしていました。 でも、どうも痛い。 食い過ぎとは、ちと違う様子。 痛みも見過ごせぬレベルになってきました。 仕方がない。 病院へ行くか。 重い腰を上げて、近くの町医者に行ってみました。 「ちょっと脇腹が痛くて。」 「じゃ、おしっこを取ってきて下さい。」 「あらあら、血尿が出てるじゃないですか。」 「結石だね。多分間違いないと思うよ。」 「紹介状書いてあげるから、大きな病院の泌尿器科に行っておいで。」 それから、苦しい日々が始まりました。 いつ出てくるかもわからぬ「石」を、 なだめながら、出ておいで、出ておいでと誘うような。 でも石は見えないし、 痛みは容赦なく襲ってきます。 いつ来るかもわかりません。 すっかり身体のバランスが壊れてしまって、 消化器がストライキ。 便秘でお腹がパンパンになって、 食欲もないし、腹痛も起こります。 何だかお腹じゅうが痛くて、何が何だかわからない。 どの痛みが何の痛みなの? イライラ… 人間の精神なんていうものは、 かくも脆弱なものなのですね。 元気な時は、明るくて優しくて爽やかな僕も、 元気がなくなれば、このとおり。 すっかり弱気になってしまう。 いやぁ、持病を抱えていますが、 お陰さまで一病息災というか、 かえって身体を大事にして、元気にしていますよ。 なんて台詞、 いつになったら吐けるのだろう。 やはり元気な人でないと、 かっこいい台詞は吐けないのですね。 早く元気になりたい。

才能

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高校の友人がロンドンでプロの作曲家・ミュージシャンをやっています。 数年前にそれを聞いた時、びっくりしました。 彼女は精神科の医師をやっていたからです。 医師という立派な肩書きをさっぱりと棄てて、 独りイギリスに渡り、 不安はなかったのだろうか。 すごい度胸だと感心するしかありません。 もともと独特の個性を持った友人でした。 ナイーブな心と、 矢野顕子のように奔放な音楽性。 表現することが根っから好きな素面さ。 考えてみたら、 高校生の時に、作曲コンクールに入賞したりしていました。 でも、まさかプロになるとは思ってもみなかった。 真面目で音楽が大好きだったのだな、と 今ふりかえると、そう思えます。 才能の芽は、なかなか見えない。 驚くようなところに眠っていることもあります。 自分に関係のないことに、 人は無関心で無慈悲なもの。 心ない言葉で、 人の心を傷つけたり、自信を削いでしまったり、 知らず知らずにそんなことをしてこなかったかな。 突拍子も無い夢を語る若者を、 頭から馬鹿にして扱ってこなかったかな。 「イギリスの生活はどう?」と聞いたら、 「貧乏であることが恥ずかしくないから楽ね。」 と答えていました。 生きがいとは、豊かであることとは別なところにある。 当たり前のことだけど、 それを実際に生きているのは とても素敵です。 自分は何の力になってあげられるわけでもないけれど、 心のなかで応援してあげていたいと、 そう思っています。

梅の香り

花の香りといえば金木犀でしょう。 秋のある日、 道を歩いていると、 明らかにいつもと違う香りが漂ってくる。 あぁ、今年も金木犀が咲いたな、と 少し優しい気持ちになります。 歳をとると、 徐々に鼻が利かなくなってきますが、 それでも香りの印象は強いものがあります。 花の香りなんて普段はまったく気にしていませんが、 ある時、 ふと漂ってきた花の香りに気付いて、 びっくりしてあたりを見回すことがあります。 そんな第六感に触れるような感覚は、 大抵正しいことが多く、 そこには何かの花があります。 今朝もそうでした。 早朝に愛犬ロビンと散歩していて、 変なところにおしっこをしないよう 下ばかり向いて歩いていたのですが、 ふっと漂ってきた香り。 ほのかに甘酸っぱい香り。 「えっ、」と思って見回してみたら、 蓮花寺の壁の向こうに 美しい紅白の梅が咲いていました。 春を告げる花は、 いつの間にか咲くものです。 葉を落とした枯れ木のような木々のなかで、 明るい色彩は絵のようです。 四季の移り変わりを感じる時、 私は何となく優しい気持ちになって、 じっと何ヶ月も静かに佇んでいた木々に ちょっと感謝したりします。 改めて木々を見れば、 庭のハナミヅキの花芽もだいぶ膨らんできました。 大好きなカイドウの花が咲くのももう少しかな。 ややお爺さんくさい日記になってしまいました。

さかなクン

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「ギョギョ~!」 あの根っから明るいキャラが好き。 思わず顔がほころびます。 テレビで何度か見たこの青年が、 杉並公会堂でお話をするというので、 行ってきました。 百聞は一見に如かずと言いますからね。 のっけから 「有難うギョざいます~」 「太陽の表面温度はギョ千ギョ百度もあるのでギョざいます」 と、ギョの連発。 ワンパターンでも、何だか憎めないキャラ。 とても楽しい2時間でした。 家に帰ってからも、 しばらくは「ギョギョ~」の連発。 この単純さは個人的な問題ですが。 サケ科の魚として、イワナ・ヤマメ・アユのお話。 ヤマメって、実は稚魚で、成魚になるとサクラマスになるって知ってましたか? アユは稚魚の間は肉食で、成魚になると草食になって縄張りを持つって知ってました? 海の魚の代表選手としてスズキ科。 カツオやマグロがスズキ科だったって、知ってました? 何の分野でも、 博学になるのは価値ですね。 さかなクンは相当変わった少年だったでしょう。 学歴があるわけでもないですが、 好きな魚をトコトン追求したことで、 東京海洋大学客員准教授となり、 同じ魚類学者として、天皇陛下からもお言葉を頂いたとか。 深い悟りはなくても、 こういう楽しい時間は貴重。 人の気持ちを明るくするのは素晴らしいことです。

友の顔

土曜の夜、 ある友人と会った。 10年以上会っていなかった友人だ。 最初に出会ったのは、彼が20代の頃。 少しやんちゃで、元気よく、素直で、何事にも体当たりする、 気持良いけど、少しあやうい青年だった。 大人になると、 友人とはべたべたした付き合いをしなくなる。 もたれ合うのではなく、 それぞれが一人の大人として自分の道を歩み始めるから。 時々彼の噂を風の便りに聞くこともあったが、 がんばれよ、と 心の中で思っていた。 彼の実家は食品会社を営んでおり、 前向きでリーダーシップのあるお父さんが 会社を引っ張っていた。 元気な中小企業。 掃除に学ぶ会。 社会貢献もしっかりして、すばらしい会社。 でも、 そのなかで、彼は何だか元気一杯に見えなかった。 あんなに元気なやつなのに、 どうして、もっと目一杯発散しないのだろう。 ちょっとしたイメージのギャップがあった。 その後、彼の実家は倒産したらしい。 すべてを失って、リセットして、 まっすぐな彼は、きっと大きな喪失感に襲われたのだろう。 今も、まだ心に傷を残している。 もうひとつ次に向かってゆく決意を持てずにいる。 傷ついた人に何ができよう。 自分に何かできると思ったら大きな過ちだ。 嬉しかったことは、彼の顔。 すごくいい顔をしていた。 まっすぐで優しい目が、 確かに大人の深みを持っていた。 震災で被災した友人の手伝いに毎月のように出かけて、 広大な敷地の瓦礫を手作業で整理する作業、 将来の防潮堤にする森をつくる植林作業に、 ボランティアででかけて汗を流す。 彼は、今彼にできる精一杯を尽くしているのだろう、 その積み重ねが、 こんな優しい目に繋がるのだろう。 誰もがみんな一生懸命生きている。 自分も負けずに一生懸命生きることしか、 できない。

二郎は鮨の夢を見る

山本益博さんの話を忘れないうちに映画も見ておこう、と シネマート新宿に「すきやばし次郎」のドキュメンタリー映画を見に行きました。 フリーの身になると、 時間の使い方が自由で、実に良いです。 「すきやばし次郎」は、昼も夜も最低3万円。 まぁ、一生のうちに行くことがあるかないか、微妙ですね。 でも、ここまで言われるなら一度食べてみたいとは思います。 映画の映像がどうだとか、 美味しそうだとか、 そういうことは別にして、 職人とはどういうものなのか、 良くわかりました。 とても厳しい世界です。 確かに、イチローの歩む道と 二郎さんの歩む道はシンクロしているかもしれません。 毎日、同じ事をひたすら続ける。 ただルーティンに追われているわけではなく、 少しでも良いモノをという気持ちに突き動かされて、 毎日、同じ事をひたすら続ける。 ひとつひとつのパーツを、 100%の集中力をもって作り込み、 同じく100%の集中力をもって お客様に提供する。 そして二郎さんは、 スティーブジョブスと同じ事を言っていました。 「良い仕事ができるための唯一の方法は、その仕事を愛することだ」 好きだから、愛しているから、 毎日同じ事を繰り返していても飽きない。 もっと先に行きたい気持ちが常に勝っている。 そんな心境なのでしょうか。 言っていることはシンプル。 やっていることもシンプル。 雨だれ岩をうがつとは、 こういうことを言うのでしょうか。

イチローと二郎

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地元の法人会が山本益博さんの講演会をやってくれました。 食いしん坊の私としては、興味津々。 おいしいものの話は面白いです。 山本さんは西荻窪に住んでおられるそうで、 いやぁ、地元民としては光栄なことです。 知り合いになって、美味しい店を色々教えてもらいたいな、などど つまらぬ期待をしながら、 90分のお話を飽きることなく聞かせて頂きました。 やはり、プロはお話が上手い。 「イチローと二郎」のお話。 野球のイチローと、寿司の数寄屋橋「次郎」さんの話です。 ジャンルのまったく違う二人が、 「職人」という切り口から、驚くほど似た側面を持っておられるということ。 確かに、求道的なイチローの野球に向かう姿勢は、 「野球職人」というに相応しいかもしれません。 ベンチからネクストバッターズサークルに入り、 屈伸運動をしたり、バットをくるくると回したり… 彼は、「すべての動作には意味がある」 と言います。 何故、いつもまったく同じ動作を繰り返すのか。 名前をコールされて、毎日はかったように 13歩でバッターボックスに入る。 守備につくときも、ベンチから守備位置までの歩数は、 ほぼ完璧に同じ。 まさに研ぎ澄まされた神経で、 自分の肉体のコンディションを測りながら、 究極の美しさを求めつづけている姿なのでしょうか。 二郎さんの寿司にも、まったく同じようなものが見えるといいます。 残念ながら、この高級寿司店に行ったことはありませんが、 1時間という限られた時間のなかで、 10名の客に20貫のにぎりを1分の狂いもなくお出しする技。 別に1分余計に時間がかかろうが、 客は何とも思わないのだけど、 そこに、絶対譲れぬ自分の「美学」が貫かれている。 こんな美学は、ある意味ナンセンスなのですが、 日本人の心の琴線に触れるものが確かにあります。 「二郎、寿司の夢を見る」 という映画があるのだそうです。 この人の生き様を、ちょっと知りたくなりました。

ゴールド免許

取れそうで、なかなか手の届かないもの。 52歳になって初めてゴールド免許を手にしました。 だから別にどうということはないのだけれど、 何となく嬉しい、誇らしい。 これさえ持っていれば、 水戸黄門の印籠のように 警官も「ハハー!」っと畏まって、 多少の違反は見逃してくれるに違いないなどと、 勝手な想像をしたりして。 そういえば、 随分長いこと交通違反をしていないなあ。 特に駐車違反はなくなりました。 でもそれって、 規制が厳しくなったから 注意してパーキングに入れるようになったからで、 違反がない替わりに、 駐車料金をしっかりと払っているということなのですよね。 別に自分が偉いわけじゃない。 というより、 当局の狙い通りに行動している 平凡な人間ということです。 それでも、無敗記録が続いていると、 人間とは愚かなモノ。 自分は特別な存在と思ってしまうのですね。 自分は予知能力が高いとか、 神様に守られているとか。 本当に馬鹿です。 でも神様は、 このように増長した輩に、 必ず愛の鞭をくれるもの。 「謙虚になりなさい」とのメッセージ。 というわけで、 僕も見事に捕まりました。 一時停止違反にて減点2点プラス7,000円の罰金。 とりたてのゴールド免許は、 水戸黄門の印籠にはならず、 警官は一瞥をくれただけで、 淡々とチケットに記入しておられました。 僕はといえば、 お客様との約束には遅れて気分は最悪。 おまけに仕事のミスを重ねて、 すっかり運気を下げてしまいました。 謙虚にならなくちゃ。 謙虚にならなくちゃ。 いつも、この繰り返しです。