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オキナワ C面

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オキナワを思うとき、 私たちは、少し複雑な気持ちになります。 少し後ろめたさを含んだような、そんな複雑な気持ちです。 A面は、Begin の憂いある甘い歌声、 沖縄そばの澄んだやさしいスープの味、 少しイラっとしながらも、思わずほほえんでしまう沖縄時間、 耳の奥にそっと残る三線(さんしん)の響き、 先祖と家族をなによりも大切に思う心。 そしてB面は、ひめゆり、 喜屋武(きゃん)岬のかなたに広がる海、 基地の上を飛び交うジェット機の轟音、 海兵隊員の足音、 琉球王国の記憶。 このような2面を持ったオキナワを、 どう受け止め、 どのように接したら良いのか。 オキナワの素晴らしさを礼賛することは簡単です。 いくらでも言葉を紡げます。 でも、私たちはB面を忘れることができない。 とてもとても重い、 重い記憶と現実です。 そんな複雑な思いを感じながら、 15年ぶりのオキナワを過ごしました。 泣きそうになるくらい、 いつまでも手を合わせて祈りたい気持ちを味わいました。 いにしえから大切に守られてきた、 神聖で神秘的な空気を味わいました。 波と風の音だけにかこまれて、 何も考えず、 いつまでもいつまでもここに座っていたいと思いました。 風土が育んできた、 とことんピュアな味わいを知りました。 そしてもうひとつ、 新しい発見をしました。 それはオキナワのC面。 歴史や現実、自然、そして様々な変化、 それらに、悠々と馴染んで生きている人々。 変わってゆくことを恐れず、 むしろ楽しんで、それを受け入れている人々。 そんなこと気にしないさと、 ケロッと笑っている人々。 自然とは、いつだって理屈をこねている私たちより何倍も賢いのです。 頭で生きている、生きていくことを強いられる都会。 現代社会。 理屈は、いつまでも理屈であり、 正義はありません。 それを一番知っているのが、 自然。 オキナワのC面は、 素晴らしい。

やわらかな心をもつ

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何年も前に友人に勧められて読んだ本。 同じ本を二度読む事って、あまりないものですが、 何となく本棚から取り出して読んでみました。 この本は、小澤征爾と広中平祐の対談集です。 まだ若い二人の天才が、のびのびと語り合っており、 頭からおしまいまで、僕の心にビンビンと響く言葉がちりばめられています。 何よりも、 この本を読んで印象に残るのは、 この二人の顔。 若い時に並んで撮った写真。 この二人の目の輝きは、 生涯忘れないほどの強い印象を僕の心に残しました。 なんて輝いているんだろう! 人の心は、顔に、そして何よりも目に現れると言います。 この若い二人の目に現れているのは、 純粋で未来を信じて、 自分の力を信じて、 何も恐れない伸びやかさです。 それは、 若かった自分がいつも求めていたものであり、 決して失いたくないと願っているものです。 彼らの言葉は、 何十年か経った今でも、決して色あせておらず、 艶を失っていません。 今でも、 すぐそこに彼らがいて、 その息づかいが聞こえるような、 そんな言葉がちりばめられています。 読んで良かったなと思いました。 元気をもらうって、こういうことなのですね。 僕は、こういう人物になりたいと願います。 こういう自分であり、 こんな素晴らしい友人を持ち、 毎日を燃焼して生きたい。 少し若返ったような気がします。

身近な夢を持つこと

夢を持って、なんて高校生や大学生の台詞だよ。 いつの間にかそんな風に思っていました。 知らぬ間に歳をとったのですね。 人間が生き生きと生きるためには、 毎日の生活のなかに、目一杯集中したり、緊張したりという時間を持つことが必要だと誰かが言っていました。 確かにそうだなぁと思います。 リラックスしたり、のんびりしたりする時間は大切ですが、 その時間が多くなり過ぎると、僕は何となく退屈になります。 何かに向かって自分を燃焼している時が、一番幸せです。 貧乏性ってやつですかね。 若い頃は、 別に自分が意識しなくても、身体が勝手に動いて、 どんどん新しいチャレンジを見つけていました。 でも少し歳をとって、疲れやすくなってきて、 家族のこととか心配事が増えたりすると、 自分にとっての純粋なチャレンジだとか目標だとかいうものの存在が、 だんだん不明瞭になってきます。 そんな日が続くと、 まぁこんなもんかと、それが日常化してゆくのです。 こわい。 でも自分の力ではなかなか自分を取り戻せないものです。 そんな自分が、 何だか最近少しふっきれたような気がしています。 自分の生き方は100%自分が選び取ってゆかなくてはならないから、 自分がやり甲斐のある仕事をし、 良いと思ったことを自分で切り拓いてゆく。 ひとりの自分というものに行き当たると、 回りの世界を前向きに受け止めることができます。 ものの見方が少し変わると、 心持ちは大きく変わってきます。 そして不思議なことに、 回りの人も変わってくるし、 新しい出会いも生まれます。 新しい出会いや、やり甲斐のある仕事との出会いは、 新しい夢を持たせてくれます。 とても気持ち良く、 そしてウキウキと心が躍ります。 やはり夢を持たなきゃ、と 今更ながら思うのです。

本について

最近、気になる本に何冊か出会った。 本との出会いは、人との出会いと同じだ。 何かの拍子に、ふと目にとまる。 「資本主義の終焉と歴史の危機」 水野和夫 何となく多くの人が思っていることだと思う。 資本主義って、本当に正しいの? 資本主義って、最後はどこへいくの? 今を生きていて、漠然と感じている不公平感。 お金の偏在。 だからどうしたらよいという処方箋のない本だが、 漠然と感じている不安感・不満感に説明をしてくれる本だった。 未来に希望が持てず、さらに不安感が増した。 一読をお勧めします。 「貧乏のすすめ」 ひろさちや 自分が金持ちでないから「ひがみ」もあるのかもしれないが、 お金を持ってることって、本当に幸せなの? という、これまた当たり前かつ根本的な問いかけを、 真っ向から議論している本だ。 確かにお金があれば便利なことは多いし、 生活の不安も減るし、 人に対して優越感も感じることができる。 でも貧乏であることって不幸なのか? と聞かれたら、 「いやそうじゃないかもしれない」 と思えるようになった。 イギリスで音楽家をしている友人がこう言っていたのが頭に残っている。 「イギリスでは周りの人がみんな貧乏だから、  貧乏であることは、何とも思わない、むしろ楽ちん」 「おかげさまで生きる」 矢作直樹 自然体で生きることの大切さを語っている。 自分を肯定して生きる。 人との比較に心を惑わされず、天と自分だけを見つめて生きる。 宗教的な話であるが、 この年になると、宗教は自然に心に入る。 「知性を磨く」 田坂広志 真に知的な生き方は何か。 彼の説く知性は、確かにかっこいい。 こういう知性を持った人になりたいと思い、 彼の説く方法で自分の心の中を棚卸ししてみた。 自分の棚卸しという作業は、 たまにやると良い。 何だかデドックスした気分。