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松丸本舗

最近、人の名前っぽい店が目立つような気がします。 富澤商店という製菓材料屋さん(というか乾物屋さん)とか、 藤巻百貨店とか。 これは、多分時代の象徴なのだと思うのです。 つまり、 百貨店に代表される「何でも屋さん」に飽きた消費者が、 個のブランドに向かっているわけで、 その集合体のアウトレットモールに人が恐ろしく集まったり、 でもそのうちに、 やっぱり踊らされ、買わされている自分に気づいて、 もっと自分にしかない買い物を求めてゆく。 消費者との接点作りというのは、 本当に繊細です。 モノが中心の消費社会から、 よりクリエイティブな消費者接点を「エディット」する時代になったと感じます。 昔から本屋にいるのが好きなのですが、 このあいだ神保町のすずらん通りを歩いていたら、 「東京堂書店」という改装したての小ぎれいな書店があったので、 ちょっと入ってみました。 「何だかちょっと違う雰囲気…」 別に奇をてらった風でもないのですが、 何気なく置いてある本が、ちょっと変わっているという風な。 上の階まで、ぶらぶらと見ていたら、 あっという間に1時間以上経ってしまいました。 面白い店だなと思ってフロアガイドを見ると、  1階: Foresee "Future" of Mankind 人間の未来を読むフロア  2階: Grasp "Act" of Mankind 人間の活動を掴むフロア  3階: Trace "Mind" of Mankind 人間の思考を辿るフロア と書いてありました。 本の分類が、それまでのジャンル・出版社別というのとは、まったく異なっていて、 「切り口」で分類しています。 書店の上手な演出にすっかり乗せられて、楽しんでいる観客の心境。 そして、昨日。 丸の内の丸善に立ち寄ったら、 その4階に「松丸本舗」なる怪しげな店がありました。 多分、その道では有名な店なのだと思いますが、 不勉強な私は、初めて拝見したわけです。 いやぁ、びっくりしました。 本屋の常識を越えた本屋で、どこに何があるか予想がつかない。 探すことも出来ない。 でも、それぞれの本棚には意外性が溢れていて、 必ず目を引く仕掛けがある。 書店員の手書き...

中国的美味!

酒の話でも政治の話でもありません。 B級なうまい食い物。 阿佐ヶ谷には「七夕祭り」という仙台的な商店街のお祭りがあります。 実になんと言うことのない商店街のお祭りなのですが、 食べ物の奥が深い。 近年口コミで急速に集客を増やした和菓子屋「鉢の木」のかき氷。 紅花色素のイチゴシロップのかわりに本物のイチゴシロップがかかってる。 その日だけの出張販売、謎の燻製屋さんの厚切りベーコン。 これが秀逸。 魚定食屋「おさかな食堂」のマグロメンチ。 ホカホカのメンチにかぶりつく快感。 あっ、「ミート屋」もある。 三ツ矢酒店の前には、 名物の大鍋で作るパエリアパスタと5種類の外国生ビール、 そしてイギリスの生シードル。 テキ屋さんの判で押したような屋台と違って、 それぞれの店が工夫して商品を揃えているのです。 楽しいですよ。 B級グルメは、手が出しやすく、 身近で、安価。 そして一人でも楽しめる。 世の中には凝り性の人が多いから、 facebookなんかを見ていると、すごいですね。 投稿写真はみんな抜群に美味しそう。 丼ものからエスニックまで、 考えているだけで、よだれが出てきますよ、まったく。 子供は手巻き寿司が好きですね。 一人でガツガツ食べる感じのB級グルメと違って、 これは健康的です。 素材がそれなりに左右するから、 必ずしもB級とは言えません。 でもてんでバラバラに好きなモノにがっつく様子は、 まさにB級です。 何だか前置きがすごく長い。 この連休に親戚の家族と総勢14人で北軽井沢の山荘に泊まった時の昼食です。 これはケンタロウのレシピかな、 「北京ダック風手巻き」というのを食べました。 小麦粉を水で溶いただけのシンプルなクレープを、 子供たちが沢山焼いてくれて、 鶏のモモ肉、豚バラ肉のロースト、 ネギの細切り、 もやしのナムル、 大根のなます、 キュウリにキムチ、 大葉にセロリ、 そして忘れちゃいけない甜麺醤。 何でも巻いて食べる、 食べる、 食べる。 確かに北京ダックを思い出す食べ物なのだけど、 どう考えても手巻き寿司感覚。 日中関係も、 こんな風にいけば良いのだけど。 本当にそう思います。

ファミレスの快楽

しばらく前のことになりますが、 とある民放のチャンネルで「ファミレス総選挙」というのをやってました。 きっとご覧になった人が沢山おられるでしょう。 何でもかんでも「総選挙」かぁ...と、ちょっとあきれながらも、 結構楽しく見てしまったんだな、これが。 おなじみのファミレスチェーンの商品開発部の面々が、 鉢巻きたすき掛けみたいな勢いで 結果発表に一喜一憂する姿。 そして見ている僕らも、 「え~? うそだろ~...」 「やっぱりねぇ...だと思った」 「ありえない!!」 「これじゃジョナサンかわいそう!」 ... ... 冷静に構えている普段は、 「もうファミレスは食べ飽きた。」 「結局、冷凍食品ばかりなんだよねぇ...」 と、馬鹿にしているわけですが、 結構みんな食べているし、 それぞれのご贔屓があるんですね。 笑えます。 味はまぁそこそこで、 バラエティーがある。 サイゼリアやガストを選べば ”安い”。 子供は親のたくらみなど知らずに大喜び。 「焼きおにぎり食べたい!」 「いいよ、いいよ」 「サンマの刺身取っていい?」 「どうぞ、どうぞ」 「ドリンクバーも!」 「もちろんどうぞ」 たまに親の面目を保つにはうってつけ。 というわけで、昨晩も行ってきました。 ご近所の「天狗」。 日曜日の夜は、 同様の企みを持った家族連れで一杯です。 かわいそうな我が4人の子供達は、 「天狗」が最高の贅沢と思っております。 「天狗」に行くと聞いて「ばんざーい!」 と叫ぶ子供達の声を聞いていると、 ちょっと罪悪感。 僕って、一応食に携わる者なのだけど。

歳のことは気にすまい

最近、自分の歳のことが妙に気になる。 そして、「歳だな」と感じると、 すごく自信が揺らぐ気がする。 これまでは、多少(?) 頭髪が薄くなろうが、身体のラインが下ぶくれに見えようが、 お腹のまわりがぽっちゃりしようが、 それほど気にしていなかったのに。 老眼を意識した時から、急速に自分の年齢を自覚しはじめました。 それは、ある日突然訪れるものなので、 すごいショック。 中高年の方々は、みんな通る道なのでしょうね。 自分の歳を意識すると、 若い人がとても生き生きとして見えてきます。 ふと気がつけば、実業家も政治家も教育者も、 30代から40代の人材がどんどん出てきています。 「こいつらには追いつけないよな...」と、 いつか追いかける方向が逆向きになっていることに気がつきます。 何だか、自分の体臭や口臭も気になる。 「俺って臭いと思われてないかな?」 「俺の洋服のセンスって、何だかすごく古くさくない?」 これはいけない。 実にウジウジしていて、情けない。 歳をとっていたって、魅力的な人間でありたいし、 少しは女性にだって評価されたい。 リップサービスでなくね。 若かった頃、 一途に夢を追いかけていた自分。 確かにあの時代は良かった。 何の焦燥感もなく、 人は人、自分は自分。 世間で何が流行っていようが、関係ない。 自分が良いと思うライフスタイルを僕は歩むだけ。 そう思っていました。 怖いものなしの自信家ですね。 でも揺らいだ自信は簡単に元に戻らず、 衰えた肉体は、取り戻しようがない。 ここから先を生きていく心構えを、 確立しなくてはならないのです。 死というひとつのゴールを見据えた自分の生き方が、 求められるのでしょう。 「そんなもん、わかるかよ。」 そう。 でも、わからないなかで歩いてゆく。 余計なことは考えても仕方ないから、 とにかく今日を歩む。 自分を励ましながら歩む。 それは、とても深い心境で、しかもチャレンジングであるのだけど、 言葉にしてみれば、 「歳のことは気にすまい...」ということか。 何だかそう言ってしまうと軽いな。

商品と消費者の接点

昨日、「すみだ日本の技と酒めぐり」というイベントに行きました。 地元のTシャツメーカーが企画したイベントなのだそうです。 ユニクロでも会社ロゴをデザインにしたTシャツが沢山売られていますが、 そのようなTシャツを作った蔵元を中心にして、 酒の試飲会と下町らしい地元のお店のお団子や工芸品を紹介するイベントでした。 まぁ、ちょっと見てくるか、と出かけたのですが、 いやはやびっくり。 会場は人で溢れかえっており、 試飲を薦める蔵元にも近づけないほどの人いきれ。 そこそこの賑わいだろうと思っていったイベントに これだけの人が集まるって、すごい。 何なのだろうこれは。 考えてみれば、 このイベントに限らず、 消費者を対象にした様々なイベントには、 やり方次第で簡単に沢山の人が集まるような気がします。 実際、僕が以前かかわったお酒のイベントにも、 予想を遙かに超えた数千人の応募があり、 びっくりした覚えがあります。 一方で、これで大丈夫かというほど閑散としたイベントがあることも確か。 イベント屋さんという人たちは、 消費者の心理を 自在にコントロールできるノウハウを知っているのだろうな。 メーカーは、 常に商品と消費者の接点を求めています。 自分が作ったものを、どこで誰が買って下さっているのか。 どう評価して下さったのか。 自分の考える商品価値が、果たしてどれだけ消費者に伝わり、評価されているのか。 今の売り場でいいのか。 高度成長期には、そんなこと考えなくても良かったのです。 基本的に売れる環境下で、 より良いモノを作っていれば、 必ず良い結果が戻ってきた。 売り手市場だったのですね。 今は違います。 成長が鈍化したうえに、輸入品との競争も起こってきました。 基本的に売りにくい環境下で、 より良いモノを作っていても、 過多な情報の渦の中に飲み込まれて、見えない。 ひとりで大きな声を出していても、 誰も聞いてくれない。 新しい価値と、決して変わらぬ価値。 新旧のどちらか、もしくは両方を兼ね備えた商品であろうとする試みが必要なのですね。 それも手抜きをしてはいけない。 すごい競争社会になるでしょうね。 お酒の世界を見ているだけでも、 ここ数年の変化はめまぐるしいものがあります。...