ある友人の話
友人について書こうと思います。
私の高校時代の友人です。
私の卒業した高校は国立進学校でした。
私は小学校から入学した「ラッキー組」で、受験もせずに高校までのらりくらりと過ごすことができたのですが、
中学や高校から入ってくる同級生たちは、みんな有名進学塾のトップスターばかりでした。
そんな中にあって、中学から入ってきた彼は異色でした。
身体は小柄で頭でっかち、生まれつきの茶髪を校則ギリギリまで長くのばして、
ちょっとアヴァンギャルドなイメージ。
クラスは違ったのですが、何となく目立ってました。
と言っても、決して目立ちたがりではなく、押しつけがましいわけではないので、
必要以上に露出度が高いわけではありません。
彼の才能に最初に触れたのは、
学校の何かの行事のときに、彼が舞台のうえでギターの弾き語りをした時でした。
今も目に焼き付いています。
井上陽水の「愛は君」と「人生が二度あれば」。
友人が大勢の前でひとり弾き語りをする姿に感動し、
また彼の艶があって伸びのある声、そしてギターと一体となった音楽の世界に心を揺すぶられました。
そんな彼と高校で同じクラスになり、
一緒にバンド活動をし、美術部を作り、
接点が多くなるにつれて、彼について新しく発見することも増えてきました。
彼は素晴らしい絵画の才能に溢れていました。
何のことはないカリグラフィーからイラストレーションまで、
彼がペンを動かすと、彼にしか描けない独特な世界が広がる。
こういうのを「才能」と言うのだろうと、
絶対追いつけない何かを感じました。
これだけ豊かな才能を持っていても、
彼はどちらかというとチビで
ハンサムボーイというわけでもないし、
運動が抜群にできる秀才というタイプでもありません。
スターに祭り上げられることもなく、
むしろ「おふざけ者」のような顔をしていました。
とても繊細で優しい内面を持っているのに、
それをバンカラな仮面で覆って、おふざけ者を演じていた。
そんな彼にお酒のラベルを描いて貰いたいと思って、
久し振りに会って話をしたら、
何と、武蔵野美術大学の通信教育で本格的に絵画を学びながら、
ピアノレッスンまでやっているとのこと。
やっぱりこいつは好きなんだなぁと、
何となく嬉しくなりました。
彼の描いたラベルは予想通りの出来栄えで、
これからもシリーズでよろしく頼むよとお願いしていたのですが、
ほんの2年前、
彼が脳出血で倒れたと聞きました。
症状は悪く、右半身に障害が残ったとのこと。
前向きに新しいことに嬉々として取り組んでいた彼の顔を思い浮かべると、
何と声を掛けてよいのかわかりません。
命を取り留めたことは心から嬉しいものの、
右手が使えなくなった彼のこれからの人生を思うと、
本当に心が痛みました。
でも彼は負けなかった。
厳しいリハビリに励んで、すぐに会社に復帰し、
ピアノも館野 泉を倣って左手だけを使って練習を始め、
私の頼んでいたラベルも左手で描いてくれました。
それが、どれくらい大変な作業であったにせよ、
彼はそんな苦労を微塵も外に出すことなく、
ただひたすら自分と向き合って、自分と戦って、前に進んでいました。
あの繊細な心のなかに、
こんな強いパワーが眠っていたなんて、
何と素晴らしいことでしょう。
心から尊敬し、
心から嬉しく思う、友からの学びでした。
私の高校時代の友人です。
私の卒業した高校は国立進学校でした。
私は小学校から入学した「ラッキー組」で、受験もせずに高校までのらりくらりと過ごすことができたのですが、
中学や高校から入ってくる同級生たちは、みんな有名進学塾のトップスターばかりでした。
そんな中にあって、中学から入ってきた彼は異色でした。
身体は小柄で頭でっかち、生まれつきの茶髪を校則ギリギリまで長くのばして、
ちょっとアヴァンギャルドなイメージ。
クラスは違ったのですが、何となく目立ってました。
と言っても、決して目立ちたがりではなく、押しつけがましいわけではないので、
必要以上に露出度が高いわけではありません。
彼の才能に最初に触れたのは、
学校の何かの行事のときに、彼が舞台のうえでギターの弾き語りをした時でした。
今も目に焼き付いています。
井上陽水の「愛は君」と「人生が二度あれば」。
友人が大勢の前でひとり弾き語りをする姿に感動し、
また彼の艶があって伸びのある声、そしてギターと一体となった音楽の世界に心を揺すぶられました。
そんな彼と高校で同じクラスになり、
一緒にバンド活動をし、美術部を作り、
接点が多くなるにつれて、彼について新しく発見することも増えてきました。
彼は素晴らしい絵画の才能に溢れていました。
何のことはないカリグラフィーからイラストレーションまで、
彼がペンを動かすと、彼にしか描けない独特な世界が広がる。
こういうのを「才能」と言うのだろうと、
絶対追いつけない何かを感じました。
これだけ豊かな才能を持っていても、
彼はどちらかというとチビで
ハンサムボーイというわけでもないし、
運動が抜群にできる秀才というタイプでもありません。
スターに祭り上げられることもなく、
むしろ「おふざけ者」のような顔をしていました。
とても繊細で優しい内面を持っているのに、
それをバンカラな仮面で覆って、おふざけ者を演じていた。
そんな彼にお酒のラベルを描いて貰いたいと思って、
久し振りに会って話をしたら、
何と、武蔵野美術大学の通信教育で本格的に絵画を学びながら、
ピアノレッスンまでやっているとのこと。
やっぱりこいつは好きなんだなぁと、
何となく嬉しくなりました。
彼の描いたラベルは予想通りの出来栄えで、
これからもシリーズでよろしく頼むよとお願いしていたのですが、
ほんの2年前、
彼が脳出血で倒れたと聞きました。
症状は悪く、右半身に障害が残ったとのこと。
前向きに新しいことに嬉々として取り組んでいた彼の顔を思い浮かべると、
何と声を掛けてよいのかわかりません。
命を取り留めたことは心から嬉しいものの、
右手が使えなくなった彼のこれからの人生を思うと、
本当に心が痛みました。
でも彼は負けなかった。
厳しいリハビリに励んで、すぐに会社に復帰し、
ピアノも館野 泉を倣って左手だけを使って練習を始め、
私の頼んでいたラベルも左手で描いてくれました。
それが、どれくらい大変な作業であったにせよ、
彼はそんな苦労を微塵も外に出すことなく、
ただひたすら自分と向き合って、自分と戦って、前に進んでいました。
あの繊細な心のなかに、
こんな強いパワーが眠っていたなんて、
何と素晴らしいことでしょう。
心から尊敬し、
心から嬉しく思う、友からの学びでした。
コメント
コメントを投稿