時代の閉塞感を解放するもの

つくづく思う。
糞詰まり、八方塞がり、打つ手無し。
きっと大変な政権運営だろうなぁと思いながらも、
密かに期待し、応援していた野田さんでしたが、
いかにも狭量な自民党の政局論争に為すことも為せず、
ついに解散となりました。

次の選挙は日本の未来を決める選挙だと、
色々な政党が、色々なことを言っています。
脱原発! 反TPP! 反消費税増税!
この間、ナベツネさんが「反ポピュリズム論」という本を書いて、
政治の大衆迎合主義を批判していましたが、
本当に政治家たちの主張を聞いていると、
これでいいのかな、と首をかしげてしまいます。

アメリカ大統領選の目玉でもあるテレビ討論について、
あの短時間での大衆の評価が選挙の流れに大きな影響をあたえることについて、
警告する論評がありました。
人物の評価は、そんな短時間の論戦で決めて良いものなのでしょうか、
ということです。

確かに、生き馬の目を抜く政治の場を生き抜いて仕事を成し遂げるためには、
すべての場に勝ち残っていくしぶとい強さが必要なのでしょう。
でも、目の前のひとつひとつの科目の成績表にのみ目を向けて、
C評価の科目を徹底的に叩くことが、
その政治家や政党を育てることにはならないし、
とかく大きな声に聞こえるそうした批判の部分に、
自分の考えを流される大衆も、あまり賢いとは思えません。

伊坂幸太郎の「魔王」という本を読んでいて、
ちょっと怖くなりました。
そこに出て来る犬養という政治家が、
大衆の心をぐいぐい掴んで政治の中心に上ってゆくさまが、
ファシズムと重なるからです。
歴史のなかで、
イタリアやドイツのような歴史を持つ優秀な国家が、
ファシズムに走った時代があるのは、
人間の弱さを見せつけられます。

批判ばかりしながら、
何も決まらず、何も進まず、
足の引っ張り合いばかりに終始しているようにさえ見える政治の世界ですが、
大衆も、さすがに飽き飽きしています。
そろそろ何とかしないと世界に対して恥ずかしいぜ、と思っています。
まさに、
独裁者的なカリスマ性と毒々しいまでの力強さ、逞しさを持った人物が、
人心をさらってゆく素地ができています。

何かが大きく転換しなくてはならないのでしょう。

解散の前後のニュースを見ていて、
国会で解散詔書が読み上げられると、「万歳!」と手を上げる国会議員たち、
政党の演説で、「頑張るぞ!」「オー!」と拳を突き上げている政治家たち、
何だか、いかにも古めかしいなと改めて思いました。
多分、このあたりのカルチャーから変わらなくてはならないのでしょう。

今朝の朝日新聞の論評で、
「議員の半数を女性に」と書いてあるのを見て、
これだ、と思いました。
今、時代を変える力と、日本を引っ張る力を持っているのは女性です。
男性としてこんなことを言うのは情けないことですが、
日本を変え、引っ張り、感動を与え、自信を与える力を発揮しているのは、
まさに女性たちです。
旧体制の仕組みのなかで何となく威張ってきた男性達は、
努力し、戦って勝ち上がってきた女性達に、
何ひとつ越えることができずにいるのが実態です。

政治・経済の表舞台で、
やる気と力を持った女性達が、
もっと力を発揮できる環境を整えてゆくべきです。
真の男性らしさと女性らしさを、
ひとつ上のステージで高め合うことができれば、
きっと日本の力はもっと大きくなるように思いませんか?

ひとりの強烈なカリスマに流れるポピュリズムよりは、
その方がずっと賢い選択に思えます。
子供を育てるのは、
限りない愛情と忍耐を持ち続けること。
政治家を育てるのも同じです。
批判も愛情のうちかもしれませんが、
信じて任せる気持ち、
これも必要ではないかと思うのです。

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