変える勇気、捨てる勇気
誰もが感じていると思うのです。
世の中が歪んでいるとか、変な方向に進んでいるとか。
私の生まれた1960年という年は、
日本が高度成長に向かって進んで行く原点のような年でした。
子供の頃に撮った白黒写真を見ると、
まだまだ貧しくて質素な昭和の風景があり、
坊主頭のガキどもが、公園で青洟を垂らして遊んでいる風景がありました。
高度成長の時代の流れとともに私は育ち、
日本がどんどん豊かになるなかで、
それに何の疑問も持たず、
日々をただ楽しく、自己実現を願って生きてきました。
生活に不自由することもなく、
精神的に追い詰められることもなく、
でも、自分の眼には、まだ西洋が輝いて見えました。
あの素敵な文明のなかに身を置いて、
もっと満足感を得たい。
憧れるもの、追いかけたいものがありました。
それからさらに月日が経って、
日本はもっともっと豊になりました。
もちろんバブル景気やバブル崩壊、デフレなど、
決して良い話ばかりではないのでしょうが、
少なくとも、
身の回りにある消費財や売場は、どんどん増えていきました。
「もったいない」という言葉が流行りました。
コンビニやスーパーの裏側を見ると、廃棄する食料品が山のように積んであります。
生産物の30%は廃棄されているなどと言われています。
絶対におかしいと思いませんか?
もったいないのは、食料品だけではありません。
衣料品や家電、生活用品のすべてが、
消費者の必要を遙かに超えたボリュームで生産され、
街を歩けば、山のような商品が、あらゆる店の店頭を埋め尽くしています。
我が家を顧みれば、
何年も着ることのない衣料品や、読むことのない書籍が山のよう。
使わないラジオやカセットデッキ、カメラに望遠鏡。
どれだけ不要なものに囲まれて私達は暮らしていることでしょう。
生活の水準は、
既に日本人の必要とするものを大きく超えているのです。
もうこれ以上新しいものを買う必要はないのに、
それでも私達は、
何かに取り憑かれたかのように商品を買い漁る。
金持ちほどケチとよく言いますが、
本当に、欲望には箍がはまっていない。
人間の欲望には際限がないのです。
実現したい何か、あこがれる何かに近づこうというのではなく、
ただ何となく消費し、捨てている生活。
絶対どこかおかしいと、誰もが感じているのだと思います。
成長し続けないと行き詰まってしまう。
これって、資本主義の行き着くところ?
消費し続け、食べ続けて肥満人口が30%を超えるアメリカ。
これが人間の幸福?
トマ・ピケティの「21世紀の資本」が注目されるのは、
そんな人間の不安感や疑問が、ふつふつと湧き出しているという背景があるのでしょう。
私も大いに興味があります。
「資本主義」テーマにした新書がいくつかありますが、
水野和夫さんの 「資本主義の終焉と歴史の危機」
佐伯啓思さんの 「さらば、資本主義」
などは、とても面白く、勉強になりました。
問題は、「では、どうしたら良いのか」 ということです。
成長し続けず、必要最低限の消費財に満足し、
かつ心豊かで快適な生活を送る術はないのでしょうか。
私の世代では変わることがないのでしょうか。
変える勇気
捨てる勇気を持って、
自分から一歩を踏み出してゆきたいと願っています。
世の中が歪んでいるとか、変な方向に進んでいるとか。
私の生まれた1960年という年は、
日本が高度成長に向かって進んで行く原点のような年でした。
子供の頃に撮った白黒写真を見ると、
まだまだ貧しくて質素な昭和の風景があり、
坊主頭のガキどもが、公園で青洟を垂らして遊んでいる風景がありました。
高度成長の時代の流れとともに私は育ち、
日本がどんどん豊かになるなかで、
それに何の疑問も持たず、
日々をただ楽しく、自己実現を願って生きてきました。
生活に不自由することもなく、
精神的に追い詰められることもなく、
でも、自分の眼には、まだ西洋が輝いて見えました。
あの素敵な文明のなかに身を置いて、
もっと満足感を得たい。
憧れるもの、追いかけたいものがありました。
それからさらに月日が経って、
日本はもっともっと豊になりました。
もちろんバブル景気やバブル崩壊、デフレなど、
決して良い話ばかりではないのでしょうが、
少なくとも、
身の回りにある消費財や売場は、どんどん増えていきました。
「もったいない」という言葉が流行りました。
コンビニやスーパーの裏側を見ると、廃棄する食料品が山のように積んであります。
生産物の30%は廃棄されているなどと言われています。
絶対におかしいと思いませんか?
もったいないのは、食料品だけではありません。
衣料品や家電、生活用品のすべてが、
消費者の必要を遙かに超えたボリュームで生産され、
街を歩けば、山のような商品が、あらゆる店の店頭を埋め尽くしています。
我が家を顧みれば、
何年も着ることのない衣料品や、読むことのない書籍が山のよう。
使わないラジオやカセットデッキ、カメラに望遠鏡。
どれだけ不要なものに囲まれて私達は暮らしていることでしょう。
生活の水準は、
既に日本人の必要とするものを大きく超えているのです。
もうこれ以上新しいものを買う必要はないのに、
それでも私達は、
何かに取り憑かれたかのように商品を買い漁る。
金持ちほどケチとよく言いますが、
本当に、欲望には箍がはまっていない。
人間の欲望には際限がないのです。
実現したい何か、あこがれる何かに近づこうというのではなく、
ただ何となく消費し、捨てている生活。
絶対どこかおかしいと、誰もが感じているのだと思います。
成長し続けないと行き詰まってしまう。
これって、資本主義の行き着くところ?
消費し続け、食べ続けて肥満人口が30%を超えるアメリカ。
これが人間の幸福?
トマ・ピケティの「21世紀の資本」が注目されるのは、
そんな人間の不安感や疑問が、ふつふつと湧き出しているという背景があるのでしょう。
私も大いに興味があります。
「資本主義」テーマにした新書がいくつかありますが、
水野和夫さんの 「資本主義の終焉と歴史の危機」
佐伯啓思さんの 「さらば、資本主義」
などは、とても面白く、勉強になりました。
問題は、「では、どうしたら良いのか」 ということです。
成長し続けず、必要最低限の消費財に満足し、
かつ心豊かで快適な生活を送る術はないのでしょうか。
私の世代では変わることがないのでしょうか。
変える勇気
捨てる勇気を持って、
自分から一歩を踏み出してゆきたいと願っています。
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